2012年12月12日

復興てらこ屋 第2回「河川堤防と防潮堤について考えよう」

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 現在、南三陸町では住居の高台移転の加え、河川堤防や防潮堤など、様々な分野の復興事業が進められています。歴史・風土に根差した復興のためには、住民が正確な情報を持ち、考え、議論する場が必要であると私たちは考えます。
 前回11月8日(木)に開催した第1回では、伊里前川の河川堤防整備計画について情報提供頂き、活発な意見交換が行われました。
 今回は、宮城県気仙沼地方振興事務所水産漁港部の方にお越し頂き、伊里前漁港の海岸防潮堤計画について話題提供を頂きます。安心して暮らせる町になるために、活気ある住みよい町になるために、多くの皆さまが語り合い、思いを共有する場になればと思います。
■話題提供:「伊里前漁港の海岸防潮堤について」
  宮城県気仙沼地方振興事務所水産漁港部 技術次長(総括担当)阿部勝美氏ほか
■日時:2012年12月14日(金)19:00〜20:30
■場所:南三陸町歌津総合支所2階会議室
■内容:1.話題提供「伊里前漁港の海岸防潮堤について」
     2.参加者同士で、防潮堤についての意見交換
     3.全体で意見の共有、質疑応答
 ※南三陸町役場の方にもご出席いただきます。
 ※お誘いあわせの上、お気軽にご参加ください。
主催:復興みなさん会、宮城大学地域連携センター
後援:すばらしい歌津をつくる協議会、復興まちづくり推進協議会
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2012年11月28日

「神戸まち研」の専門家が高台移転の懇談会に出席

 歌津伊里前地区の高台移転計画のうち、枡沢への高台移転を希望する住民の懇談会が11月24日夜、平成の森仮設住宅集会所で開催されました。今月10日に続く第2回目で、52戸の移転希望世帯から夫婦での参加を含め32世帯36人が出席しました。
 この日の会合には、「神戸まちづくり研究所」から事務局長の野崎隆一さんら7人の専門家がアドバイザーとして参加しました。また、兵庫県庁からも職員がオブザーバーとして出席したほか、朝日新聞と日本経済新聞の記者が取材に訪れました。
 最初に、住民側から会合の趣旨説明が行われ、専門家に対して@住民の意向集約に力を貸してほしいことAそれらの意向について専門家の立場からアドバイスをしてほしいことB行政とのパイプ役を担ってほしいこと―などの期待が表明されました。
 「神戸まち研」からの自己紹介に続いて、野崎さんがコーディネーター役を務めて、移転計画について住民がそれぞれ意見や疑問点、感想などを述べました。ほぼ全員が発言し、移転候補地がすり鉢状の造成地になることへの不満や、取り付け道路が1本しかない上、距離が長過ぎることへの懸念、公共施設に関する疑問点など、さまざまな意見が出ました。
 この日出された意見や希望、疑問点などは全て記録されて、これからの話し合いの資料として活かすほか、住民の意見として行政に届けられます。
 他の地区から枡沢団地を希望する住民がいることから、今後は移転希望者全員の名簿の作成を急ぎ、集会への参加を呼びかけることを申し合わせました。
 懇談会では宮城大学復興まちづくり推進員がファシリテーターとしてお手伝いをしました。
 次回は12月15日(土)の開催で、「神戸まちづくり研究所」からも野崎隆一さんら専門家が加わり、助言をする予定です。

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2012年11月27日

仮設住宅に兵庫県から贈られたチューリップ植栽

 南三陸町歌津の「平成の森仮設住宅」で11月24日(土)、兵庫県豊岡市から贈られたチューリップの球根の植え付けが行われました。東日本大震災の被災地支援で10月から南三陸町に派遣されている豊岡市職員の中川正康氏の仲立ちで、「たんとうチューリップまつり実行委員会」と「豊岡市但東(たんとう)総合支所職員一同」が、赤、オレンジ、ピンクの3種類の球根2,500球を提供。仮設住宅や公共施設の花壇やプランターに地域住民の手でチューリップの植え付けから管理までをしてもらい、コミュニティ活動を活性化し、春の訪れを楽しみにしてもらおうというもの。歌津総合支所を介して、町内の自治会や仮設住宅、子供会などに配布され、このうち町内最大の約200世帯およそ600人が暮らす平成の森仮設住宅には430球が届けられました。
 この日は午前8時半に、住民14人が植栽用のシャベルなどを手に集合。仮設住宅入り口付近の花壇や仮設住宅の通りに置かれたプランターなどに丁寧に植え込みました。参加者たちは和気あいあいとおしゃべりを楽しみながら作業に取り組み、2時間ほどで作業を終えました。終了後は、仮設のそばにある「カフェあづまーれ」でお茶会を開き、楽しい交流のひと時を過ごしました。
 この日の作業には、宮城大学の復興まちづくり推進員も参加してお手伝いをさせていただいたほか、地域コミュニティ再生の活動に取り組んでいる「復興みなさん会」からはお茶会用のお菓子が提供されました。
 「たんとうチューリップまつり」は、畑一面を10万本のチュリップで描くフラワーアートをメインに100万本のチュリップを楽しむ、兵庫県北部の春の一大イベントです。

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2012年11月14日

仮設集会場で高台移転の懇談会開催

 南三陸町歌津の平成の森仮設住宅集会所で11月10日夜、2か所ある伊里前地区の高台移転計画のうち、枡沢への高台移転を希望する住民の懇談会が開催されました。これまで伊里前地区の有志が主体となって懇談を重ね、移転先の団地整備の在り方を検討してきましたが、今回初めて管の浜・枡沢地区の住民にも呼びかけ、一体となって協議することになったもので、町の計画で52戸とされる移転希望者のうち、22人が参加しました。
 この日は、宮城大学の平岡善浩教授の研究室が作製した地図や立体模型を囲み、団地の位置や取り付け道路などの交通アクセス、造成地の形状などについて意見を述べ合いました。
 今後、移転希望者全員の名簿を作成し集会への参加を呼びかけることで意見が一致したほか、懇談会を継続し、区画や道路、施設整備に住民の声をできるだけ反映させることを申し合わせました。
 懇談会では宮城大学地域連携センターの奥河研究員と復興まちづくり推進員がファシリテーターとしてお手伝いをしました。この日出された意見や希望、疑問点などは全て記録されて、これからの話し合いの資料として生かされます。
 次回は、11月24日(土)の開催予定で、「神戸まちづくり研究所」事務局長の野崎隆一さんら専門家をお招きし、助言をいただきます。

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  模型や地図を囲み意見を述べ合った懇談会の様子
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2012年11月13日

平成の森仮設にスイセンやチューリップを植栽

 南三陸町歌津の平成の森仮設住宅で11月10日(土)午前、草花の植栽が行われました。町内で地域コミュニティの再生と復興まちづくり活動を推進している「復興みなさん会」(後藤一磨代表、会員11人)が、住民同士の交流を図り、絆を深めてもらおうと企画したもので、仮設住宅で暮らす住民25人が参加しました。
 午前9時前に「カフェあづまーれ」付近に集合した参加者たちは、寄木地区の畠山岩夫さんが用意したスイセンの球根約2,500株と、会が提供したチューリップの球根約300株を、仮設の入り口付近や「長生き坂」の愛称で親しまれている坂道のそばなど3ヶ所に植栽しました。昨年12月に続く2回目の取り組みとあって、参加者らは「来年の春もきれいな花が咲くのが楽しみだね」「外で身体を動かすのは気持ちが良い」などと話しながら、慣れた手つきで丁寧に植えこんでいきました。
 作業終了後は、全員が近くの平成の森のキャンプ場に移動して、芋煮会を開催。里芋やニンジン、ゴボウ、白菜などの野菜のほか、肉やキノコなどをふんだんに入れた芋煮を味わい、秋の味覚を楽しみました。

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2012年11月12日

「河川堤防と防潮堤を勉強する会」開催

 「河川堤防と防潮堤について勉強する会」が11月8日夜、南三陸町歌津総合支所会議室で行われました。町内で地域コミュニティの再生と復興まちづくりに取り組む「復興みなさん会」(後藤一磨代表、会員11人)と宮城大学地域連携センターが主催したもので、町民や県・南三陸町の行政関係者、主催者側を含めておよそ30人が出席しました。町内はもとより気仙沼市や陸前高田市からも参加者があり、防潮堤問題の関心の高さがうかがわれました。
 最初に話題提供が行われ、宮城県気仙沼土木事務所技術副参事兼技術次長の狩野利雄さんが「伊里前川の堤防整備計画」について、持参した図面を使いながら詳しく説明しました。続いて、堤防の位置や高さ、長さ、形状、工法などの分かる地図や資料を見ながらグループ毎に意見や感想、疑問点などを出し合うワークショップが行われました。最後に、主な疑問点を集約して県側に質問を投げかけ、狩野さんらがその場で回答しました。
 この日話し合われた内容や疑問点などはすべて記録し、整理されて、意見として県や南三陸町に届けられることになっています。
 この日の会は、復興に向けた勉強会である「復興てらこ屋」の一環として開催されました。

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グループごとに意見や疑問点を出し合う.jpg

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全ての意見や疑問点が記録された.jpg

意見交換の様子.jpg

出された意見や疑問点を集約して土木事務所の担当者に質問.jpg

質問に回答する狩野さん.jpg
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2012年11月06日

志津川で「ふっこう勉強会」開催

 志津川地区の若者たちによる「ふっこう勉強会」が11月4日(日)午後2時から、志津川仮設商店街のそばにある杉のモデル事務所で開催されました。会には、南三陸ふっこう青年会(工藤大樹会長)のメンバーを中心におよそ20人が参加しました。
 最初に、10月に奥尻島を視察した宮城大学復興まちづくり推進員の工藤真弓さんが、津波からの復興と現状について報告しました。続いて、南三陸町復興計画策定会議の副委員長でもある、明治大学の中林一樹教授が、奥尻島の津波や有珠山噴火などの自然災害などを例にとり、災害と地域の再生について講話を行いました。
 この会には、宮城大学南三陸復興ステーションのスタッフと復興みなさん会のメンバーも参加しました。

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2012年10月21日

「市民ネットワーク千葉県」のメンバーが南三陸町を訪問

 東日本大震災後の市民活動支援のため「ちば元気ファンド」を立ち上げ、助成を行っている「市民ネットワーク千葉県」のメンバーおよそ20人が10月13日、登米市と南三陸町を訪問しました。被災地の現状の視察と、被災地復興のために活動をしている団体との交流が目的です。
 このうち南三陸町では、同ファンドの助成団体で、「南三陸町絆再生コミュニティ復興支援事業」を行っている「復興みなさん会」(後藤一磨代表、会員10人)の会員との交流会が開催されました。交流会では、後藤代表が@仮設住宅居住者への支援活動A住民交流のための植栽事業B復興に向けた住民学習会「復興てらこ屋」の開催C地域再生・産業再生に関する先進・参考事例の視察研修など、これまでの活動実績について詳しく説明。それぞれの会員が、被災地での暮らしぶりや支援活動について報告しました。

後藤代表から活動状況について説明を受ける「市民ネット千葉」のメンバー.jpg
後藤代表から、活動状況について説明を受ける「市民ネットワーク千葉県」のメンバー
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2012年10月13日

奥尻島視察レポート

             「奥尻島レポート」

                     宮城大学地域連携センター
                     復興まちづくり推進員
                           及川清孝
                 
 10月2日から3日間の日程で、宮城大学地域連携センター「奥尻島視察」チームの一員として、北海道南西沖地震による津波で大きな被害を受けた奥尻島を訪問した。
 島内での滞在時間が正味1日半という慌しさだったが、集落の高台移転や生活再建、産業再生、防潮堤の課題など、東日本大震災の被災地復興のヒントを得ることができ、実りの多い視察研修となった。
 「奥尻島津波館」見学や「島民とのディスカッション」、「復興・まちづくり」の講話聴講、島内巡りなど多岐にわたる研修だったが、ここでは、被災の状況と防潮堤の現状について、現地で得られた資料や見聞などを基にレポートする。
 1993年7月12日午後10時17分、奥尻島北方を震源域としたマグニチュード7.8の地震が発生した。島の震度は6と推定され、地震発生から数分で時速500`以上の津波が襲来したとみられる。地震の死者・行方不明者計230人のうち、奥尻島が死者172人、行方不明者26人と大半を占め、被害総額は約664億円に達した。
 東日本大震災の被災者から見て驚くのは、第一に、復興の驚異的なスピードである。被災後3ヶ月も経たない10月1日、町役場には「災害復興対策室」が設置され、室長には北海道庁の職員が迎えられた。島のしがらみに囚われない人物が必要だと考えた町長が副知事に掛け合って決めた人事だという。最初の仕事は、まちづくりの基本方針について住民の合意を取り付けること。町は説明会を開催し、防災集団移転を選ぶのか、防潮堤を造って今までの所に住むのか選択を求めたが、住民の意見はまとまらなかった。
 奥尻島南部の青苗地区は、津波とその後に発生した建物火災でおよそ7割に当たる342戸が全半壊し、島で最大の被害を受けた。青苗岬の先端にあった岬地区には75世帯が暮らしていた。大半が漁師だった。数分で襲ってきた津波で全ての家が押し流され、住民の三分の一が犠牲になった。同地区では、1983年に起きた日本海中部地震でも2人の犠牲者を出しており、10年間で2度目の被災とあって、全員一致で高台移転を希望した。一方で、火災で家を失ったものの、津波の浸水高がそれほどではなかった地区の住民は、元の場所での再建を望んだ。説明会は紛糾した。
 そんな中、住民自ら考えようという動きが出てきて、10月9日には「観光・漁業・住宅・まちづくり」について考えることを目的に、「奥尻の復興を考える会」が設立され、青苗地区を中心に105世帯が参加した。会は、まちづくりに当たって、行政と住民を繋ぐ中間組織の役割を果たした。専門家を呼んで、青苗地区のまちづくりをどう進めるかについての学習会を開催。11月に入り、メンバーが仮設住宅を回ってアンケートを取った。結果は「一部高台移転」が20l超、「全戸高台移転」が30l超、「わからない」が40l超だった。町長が会の総会に出席し、「防潮堤の建設と地盤の嵩上げを前提に、津波が来た場所にも家を建てることができるようにする。特に危険性が高いと思われる地区については、全戸を高台に移転させる」と語った。その後、住民説明会を重ねると共に、北海道庁の支援を得て震災から5カ月後の12月には、「復興基本計画」が決定した。青苗地区では、新しい住宅地は海面から6bの高さで造られることになり、翌年6月には地盤の嵩上げ工事が始まった。防潮堤の建設も並行して進められ、被災から1年も経たないうちに、新しいまちづくりがスタートした。震災から2年後には、嵩上げされた土地に家が建ち始めた。
 家の再建には、全国から寄せられた総額190億円に上る義援金を基に133億円の復興基金が創設され、手厚い援助が行われた。日本赤十字社から400万円、道から20万円、町から5万円の計425万円が平等に贈られたほか、家が全壊した人が家を建てる場合700万円(4人家族まで)、土地購入費が二分の一を上限に100万円、家具家財の購入に150万円、仮設住宅からの引っ越し費用30万円が支払われた。商店や民宿などの開業資金や設備資金も二分の一を上限に4500万円が支払われた。震災から3年で、青苗の中心部に真新しい商店街が誕生した。高台への移転を希望した岬地区の住民のために、灯台の近くの高台に「望洋台」と名付けられた団地が造成され、28戸が暮らし始めた。 島は1998年3月「完全復興」を宣言した。
 もうひとつ驚き、かつ目を見張ったのは、島内のいたるところに造られた防潮堤や、漁港の人工地盤、河川に設けられた津波水門、高台への避難路などの巨大なコンクリートの建造物群である。
 学識経験者による委員会で、津波の波高・遡上高に関する観測データを基に地区毎に決定したという防潮堤は、総延長が14`、最高11.7メートルの威容を誇っている。工事は急ピッチで進められ、1996年度中に全て完成し、総事業費は211億円に上った。
 青苗漁港の漁船が接岸する岸壁に造られた人工地盤「望海橋」は、幅が約30b、長さ約160bで、海面からの高さは約8b。地震の際は、漁師は階段を上って地盤部に避難し、そこから高台へと移動する。
 また、地震発生時に震度4程度を検知すると、約1分間の非常放送後に自重降下してゲートが全閉する津波水門が、島内4つの河口に設置された。
 さらに、地震の際にすぐに高台に逃げられるように、避難路が島内42カ所に張り巡らされた。夜間の災害に備えて、ソーラーパネルの照明も完備され、積雪期にも対応できるようにトンネル状の避難路も整備された。奥尻島の復興まちづくりが、防災施設の整備によって自然災害を防ごうという考えに基づいているということが強く感じられた。
 防潮堤ができて、島の風景は大きく変わった。海沿いに車を走らせても海が見えなくなった。防潮堤によって潮の流れが変わり、海岸の砂が移動して砂浜が無くなった。良いアワビやウニの付いていた所からアワビやウニがいなくなった。風向きまで変化した。漁師からは、「安全になったけど、波の高さや風の様子が分かりにくくなった」、「海が遠くなってしまった」などの声が上がっている。
 このような巨大な防潮堤を造るのに際して、当時住民の間でどのような議論あったのだろうか、という疑問が湧く。当時の住民アンケート調査(抜粋)によると、地区説明会では、「防潮堤の高さを低くし、あるいは設置せずに住みたい」という要望が出ている一方で、「岬は公園や公共施設として利用し、防潮堤を築く」という意見もあった。また、「住民が居住地を決める場合、防潮堤の高さや助成制度の内容が具体化するにつれ、意向に変化がみられる」という記述があった。奥尻の住民とのディスカッションの際に、「奥尻の復興を考える会」の事務局長だった制野征男さんは「(計画は)北海道(庁)が作ったんですが、地域に入って説明をして了解を得て建てたということなんで、防潮堤を6b、9b、11bにするのに、そんなに住民から抵抗があったというふうな記憶はない」と話している。
 一方、島の中心部の奥尻地区で酒店を営む佐々木宏明さんは「できていく防潮堤に対しては、かなり違和感を持っていた人のほうがやはり多かったです」と語り、「観光が産業のひとつでありながら、ああいう防潮堤が簡単にできてしまったことについて、景観との絡みではどうなのかということを、非常に狭い範囲ですけど、議論をしたことはあります。観光で伸ばしていかなければならないのは明々白々なのに、あんなふうにコンクリートで囲んでどうするんだという声はあったが、その時は完全に決まっていましたから。2,3年のうちに防潮堤はできました」と述懐する。
 工事の始まりと共に、復興特需と呼ばれる好景気が始まる。島外から最大2000人の建設作業員が入り、被災した漁民の雇用も維持され、島を潤した。防潮堤建設を含めた復旧・復興費は763億円に上る。当時、奥尻町の年間予算規模は約50億円。「そんな島に800億円近い公共事業が来るもんですから、カネ・ヒト・モノの動きがもうすさまじい訳です。我々民間の商店主ですが、その動きに乗らないことにはどうしようもない。批判的に受け取りつつも、やっぱり乗ってしまわざるを得ない、そういうことで、つい5年先、10年先を見る冷静さを欠くということが往々にしてありました。それは今、大きな反省です」という佐々木さんの言葉が印象的だった。
 東日本大震災の大津波は東北各地の防潮堤を粉砕し、ハード面の対策には限界があるということを突きつけられた。コンクリートでは巨大津波を防ぐことはできないし、そもそも天災に対して万全の備えなどあり得ないということを思い知らされた。
 防潮堤は、私たちの地域にとっても大きな課題だ。環境や生態系への影響を考慮し、景観に配慮しつつ、地域の地理的な条件に合った防潮堤の建設を目指さなければならない。
 これから住民と行政、専門家をつなぐ話し合いの場で、奥尻島での見聞を活かしていきたい。

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    奥尻島マップ

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    震災前の青苗地区

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    震災直後の青苗地区

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    復興後の青苗地区

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2012年09月25日

富山大学の志賀准教授らが南三陸町訪問

 富山大学人間発達科学部の志賀文哉准教授と、同学部で福祉を学んでいる齋藤夏実さん(3年生)が9月25日(火)、被災地の仮設住宅における住環境調査のため石巻市と南三陸町を訪れました。   
 このうち、南三陸町歌津地区の現地調査では、平成の森仮設住宅の集会所で、同仮設の畠山扶美夫自治会長と宮城大学の復興まちづくり推進員3名に聞き取りを行いました。
 畠山会長と推進員らは、震災後の各避難所での生活の様子や、仮設住宅に入居後の暮らし振り、これからの課題などについて詳しく説明。2人はメモを取りながら熱心に聴き入っていました。
 調査終了後、志賀准教授は「1回だけ来て終わりではなく、ゼミの研究などを通して交流を深めていく中で、できることがあればお手伝いをしたい」と語りました。
 なお、南三陸町での調査では、宮城大学南三陸復興ステーションの山内明美研究員が現地でのコーディネーター役を務めました。

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  集会所事務室で行われた聞き取り調査の様子

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  仮設住宅での暮らしについて尋ねる志賀准教授
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2012年09月18日

福興まちづくり機構事務所開所式

 一般社団法人「南三陸福興まちづくり機構」が南三陸町志津川の仮設さんさん商店街の裏手に建設を進めてきた、杉材によるモデル事務所が完成し、9月15日(土)午後1時半から開所式が行われました。
 神職による神事の後、同機構の山内正文理事長が挨拶。続いて南三陸町の佐藤仁町長が祝辞を述べました。さらに設計を担当した筑波大学の安藤邦廣教授が「板倉工法」の木造住宅について解説。内部の見学会が行われました。
 この後、午後2時半から開所記念連続フォーラムが開催され、内閣府大臣官房審議官の渋谷和久氏が「東日本大震災の復興まちづくりと3.11から学ぶ安全なまちづくり」と題して基調講演を行いました。続いて、安藤教授や南三陸森林組合の代表者らをパネラーに「地域連携による産業復興と賑わいの再生に向けて―まちづくり機構の役割―」をテーマにパネルディスカッションが行われました。
 また、翌16日(日)午後には、連続フォーラム第2弾として、「目指したい南三陸町のすまい方と暮らし方」をテーマに、公開「円卓会議」が開催されました。
 円卓会議には、宮城大の平岡善浩教授のほか、南三陸町の復興まちづくり推進員もパネラーとして参加。「持続可能なまちづくり」という将来に向けて、どのようにまちづくり・いえづくりを進めるべきか、熱のこもった討議が繰り広げられました。

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2012年09月16日

伊里前地区住宅高台移転予定地の事業計画説明会

 9月13日(木)午後7時から、南三陸町歌津総合支所で、「伊里前地区住宅高台移転予定地の事業計画説明会」が開催されました。会には、同地区の2ヵ所の移転候補地の土地の所有者およそ30人が出席。町復興事業推進課の職員や、コンサルタント会社、測量会社の担当者などが、造成予定地の概要を示す地図を使って、今後の事業計画について説明しました。
 中学校上地区の開発面積は4.3fで、59区画が予定されていることや、620bの取り付け道路の新設が計画されていることなどが明らかにされました。同地区に建設が予定されている災害公営住宅については、戸数がまだ確定されているわけではなく、今後規模が変わってくる可能性があるとの説明がなされました。
 枡沢地区については、開発面積が3.7fで、50〜60戸の移転を見込んでいることや、集会所・公園などが整備されるとの説明がなされました。
 また、今後のスケジュールとしては、10月25日に予定されている、国・県との協議会で事業計画の大臣同意を取り付けて、測量・ボーリング・土質試験や実施設計などに入る予定で、実際の工事施工は来年の7月以降になるとの見通しが示されました。
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2012年09月09日

「災害危険区域指定説明会」開催

 9月7日(金)午後6時30分から、南三陸町歌津平成の森「アリーナ」で、「伊里前地区の災害危険区域指定に係る説明会」が開催されました。会には指定予定地の土地所有者およそ130人が出席。町復興事業推進課の防災集団移転促進事業班の担当者が、災害危険区域に関する条例や、同地区の災害危険区域指定範囲について説明しました。
 説明は、事前に郵送で配布された説明資料や指定区域を示した地図などを使って行われ、条例で指定された区域では建築制限により、「事務所、店舗、工場、倉庫、作業場、車庫、ビニールハウスなど」を除く「住宅、アパート、マンションなど居住用の建物」が建築できなくなることなどが説明されました。
 今後のスケジュールとして、9月中旬に条例案を議会に提出、可決されれば10月1日に条例を施行する予定であることが示されました。
 災害危険区域に指定されると、区域内で被災時に住居として利用していた住宅地を町に買い取ってもらうことができるようになります。

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   大勢が参加した説明会
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2012年08月31日

伊里前まちづくり協議会「将来まちづくり部会」開催

 8月29日(水)午後7時から、南三陸町歌津の平成の森仮設住宅「集会所」で、伊里前まちづくり協議会「将来まちづくり部会」の第3回目の会議が開催されました。
 この日は、6月に行われた1回目のテーマ「伊里前地区まちづくり課題について」と、7月に行われた第2回目の会議のテーマである「従前コミュニティの維持方策」についての話し合いを踏まえて、行政区再編など「今後のコミュニティのあり方」について意見が交わされました。
 出席した部会員の人数は少なかったものの、地域の基礎的自治組織としての行政区の機能・役割や、これからの伊里前の上区・下区の区分(線引き)のあり方になどについて活発な意見が出されたほか、既存の地区と高台移転によって新しくできる団地との連携についても真剣な話し合いが行われました。
 当日は、歌津地区の復興まちづくり推進員も出席し、高台に移転する住民と災害公営住宅に入居する住民との新しいコミュニティづくりについて意見を述べました。
 これまで3回の部会で討議された成果は、「中間報告」として、9月中旬に開催される協議会の役員会で発表される予定です。
 伊里前まちづくり協議会には、「将来まちづくり部会」のほか「活性化部会」「生活再建部会」の3つの部会があり、11月まで月1回のペースで検討会を重ね、協議会へ報告しながら、住民自ら取り組むべき事項と町に要望すべき事項を取りまとめることになっています。

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 活発な意見が交わされた「将来まちづくり部会」の会議
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2012年08月21日

南方仮設夏まつり

8月20日(月)南方仮設住宅内、「住民広場」にて夏まつりが開催されました。
 
 この広場は、今まで砂利敷きの空地でしたが、子供が外で遊んだり
大人が軽運動したりできるように、土を入れ整地したグランドです
このお祭りが使い初めとなります。
 午後五時に開始の合図のお囃子が鳴り響くと、まだ昼間の暑さが残る中、仮設内、外から地域住民が大勢集まり、お祭りが始まりました。

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2012年08月08日

南三陸町を被災地調査チームが訪問しました

 関西・東海地区の大学の研究者等で組織するコミュニティ・エンパワメント研究会(代表・後房雄名古屋大学法学研究科教授)のメンバー8人が、8月5日(日)から4日間の日程で南三陸町を訪れました。  同研究会の目的は「世界の主要災害について調査を行い、復興過程を通じて生成・発展するコミュニティの自助・共助の仕組みの実態を明らかにするとともに、復元力に富む、柔軟かつ強靭な地域づくりについて提言すること」で、東日本大震災の被災地についても、南三陸町を中心に現地調査を実施。地域の行政、企業、地域団体、NPO等のキーパーソンにインタビューを行いました。
 このうち、歌津地区の現地フィールド調査では、宮城大学地域復興サテライトキャンパスの研究員と復興まちづくり推進員2名が、現地でのコーディネイトと案内のお手伝いをしました。

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伊里前まちづくり協議会の千葉正海会長とのインタビュー(平成の森仮設住宅竪穴式集会所にて)

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馬場・中山地区「未来道プロジェクト実行委員会」の千葉孝浩会長とのインタビュー(千葉氏宅にて)

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「未来道」の起点で記念撮影する研究会のメンバー

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復興まちづくり推進員の案内で被災地を見学する研究会のメンバー

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「なじょにかなるさープロジェクト実行委員会」の最知隆氏とのインタビュー(中山漁港の「漁師の番屋」にて)

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「すばらしい歌津をつくる協議会」の小野寺寛会長とのインタビュー(協議会の事務所にて)
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2012年08月04日

椿をキーワードに志津川のまちづくりについて話し合いました。

 8月4日(土)9:30〜13:00、南方仮設住宅第1集会所にて「南三陸町ワークショップ 椿―花咲く町をつくろう」が開催されました。(主催 復興みなさん会、宮城大学地域連携センター、公益社団法人日本造園学会復興計画支援ワーキンググループ)

 南三陸町によく見られた椿の花。震災前の椿の思い出や、これから新しくできる志津川の町のこんなところに椿があったら、そんな想いを出し合い、新しいまちについて考える機会になりました。

1時限目 椿のある風景を話そう
  4つのグループに分かれて、椿の思い出を話しました。
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2時限目 椿による町づくりを考えよう
  ここに椿が欲しい、それぞれの想いを、新しい志津川の地図の上に書き出しました。
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3時限目 模型の上に咲かせてみよう
  各グループからの案を、模型の上で1つにまとめ「植林」しました。
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 当日は、仮設住宅の住民約30名が参加。日本造園学会からもたくさんの先生、学生の皆さんにお越しいただき、熱気あふれる会になりました。
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2012年07月31日

森の防潮堤のための苗木づくり講習会が開かれました

 7月30日(月)午前10時から、仙台市北山の輪王寺で、「いのちを守る森の防潮堤」を築くための苗木づくりの講習会が開催されました。
 「いのちを守る森の防潮堤」推進東北協議会などが主催したもので、津波で被災し、住めなくなってしまった土地に鎮魂の森を創り、震災の教訓を後世に伝えると共に、生きた緑の防潮堤を創ろう―という呼びかけに応えて、北海道から九州までおよそ160人が参加。プロジェクトの提唱者で植物生態学者の宮脇昭横浜国立大学名誉教授の講話を聴講したほか、苗木作りを体験しました。
 参加者たちは、宮脇さんから苗づくりの説明を受けた後、「タブノキ」・「ヤマザクラ」の種植えと、「スダジイ」・「トベラ」の鉢上げに挑戦。講師の先生方のアドバイスを受けながら苗木づくりの作業に取り組みました。
 昼食を挟んで、輪王寺の本堂に会場を移し、宮脇さんが講話を行ったほか、南三陸町志津川湾に浮かぶ椿島とタブノキを紹介する「〜生命のかたまり 椿島〜」と題するDVDの鑑賞会も行われました。
 この講習会には、南三陸町歌津の復興まちづくり推進員2人も参加し、苗木づくりの実際を学ぶと共に、全国からの参加者に対して、南三陸町の現状を伝えました。

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伊里前小で「まちづくりワークショップ」開催

7月27日(土)午後7時から、南三陸町歌津の伊里前小学校「多目的教室」を会場に、すばらしい歌津をつくる協議会が主催する「まちづくり体験型講習会(ワークショップ)」が開催されました。会には地元小中学校のPTA会員や商店街の役員、自治会の関係者や一般町民など、主催者側を含めておよそ30人が参加。さわやか福祉財団のインストラクター、ハーバード大学南三陸プロジェクトの大学院生、南三陸町の復興まちづくり推進員がファシリテーターを務めました。
 宮城大学の平岡善浩先生が話題提供をした後、3つのグループに分かれ、次の4つのテーマについてグループ討議を行いました。
@ 「歌津で大切にしたいもの、残したいもの、次の世代に伝えたいもの―風景、まつり、産業、文化‥‥」
A 「現在の生活で、不便、不安、心配していること」
B 「新しい歌津に必要だと思われること」
C 「新しい歌津のまちでの生活を想像してみましょう―子育て・教育、高齢者、医療、商店・買い物、郵便局・銀行、なりわい、畑仕事、コミュニティ‥‥」
 今回のワークショップの成果は、伊里前まちづくり協議会を通じて、町に提言されることになっています。

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2012年07月11日

南方仮設住宅の第1集会所に、緑のカーテンをつくりました。

 本格的な夏を前に、集会所の窓に緑のカーテンを設置する催しが、7月4日(水)午前中に南方仮設住宅の第1集会所にて開催されました。(主催:復興みなさん会)。仮設住宅の住民など約30名が参加し、苗植えやネット張りを力をあわせて行いました。
 作業後は、集会所の中で、南三陸町での復興まちづくりの進捗、現在の志津川市街地の様子、健康管理等仮設住宅での生活についての情報提供や意見交換を行いました。

集会所前に集合・開会
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プランターに苗植え
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緑のカーテンのネットを張る
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まちづくりについて話し合う
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2012年06月28日

yosakoiで南三陸町を元気に!

  東日本大震災で被災した南三陸町に笑顔と元気を届けようと、「yosakoiさせぼ祭り」のよさこいチームが、6月24日(日)に志津川ベイサイドアリーナで行われた「福興市」でのイベントに参加。迫力のある演舞を披露しました。この後、一行は仮設住宅の被災者とも交流を深めたいとして平成の森仮設住宅を訪問。仮設集会所前の広場でも華麗でエネルギッシュな舞いを披露し、集まった大勢の住民から盛大な拍手が送られました。

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2012年06月25日

伊里前まちづくり協議会「活性化部会」開催

 6月21日(木)午後7時から、南三陸町歌津の吉野沢仮設住宅集会所「福幸会館」で、伊里前まちづくり協議会「活性化部会」の第1回目の会議が開催されました。
 この日は、今後の会議の進め方や、扱うテーマについての話し合いが行われたほか、水産業・商業・観光など伊里前地区の産業振興の現状と課題について意見が交わされました。
 まちづくり協議会には、活性化部会のほかに「将来まちづくり部会」と「生活再建部会」の3つの部会があり、これから11月まで毎月1回のペースで検討会を重ね、協議会(役員会)へ報告しながら、住民(協議会)が自ら取り組むべき事項と町への要望事項を取りまとめることにしています。
 当日は、宮城大学事業構想学部の永松栄教授と歌津地区復興まちづくり推進員がオブザーバーとして出席しました。 
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2012年06月19日

すばらしい歌津をつくる協議会の総会が開催されました

 6月17日(日)午後7時から、歌津総合支所2階会議室で、「すばらしい歌津をつくる協議会」(小野寺寛会長)の総会が開催されました。会には、歌津総合支所の佐藤広志支所長をはじめ、各地区の行政区長・契約会長・仮設住宅自治会長や商工会・漁協・婦人会の役員など、協議会を構成する58団体の代表およそ40人が出席。東日本大震災の影響で未承認だった「平成22年度事業報告並びに収支決算書」と併せて、「平成23年度事業報告並びに収支決算書」が承認されました。続いて新年度の事業計画と収支予算についての協議が行われ、8項目の推進目標を掲げた「平成24年度事業計画」と、1千6百万円に上る「平成24年度収支予算」が決定しました。任期満了に伴う役員改選では、小野寺会長が再任されました。
 総会には、歌津地区の復興まちづくり推進員と宮城大学復興ステーションのスタッフもオブザーバーとして出席。総会終了後には、参加者どうしで活発な意見交換や情報収集をする姿が見られました。
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開会の挨拶をする小野寺会長
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2012年06月16日

平成の森仮設住宅に草花植栽

 6月15日(金)午前、南三陸町歌津にある「平成の森仮設住宅」で、草花の植栽が行われました。同町を中心に活動を続ける「復興みなさん会」(後藤一磨代表、会員10人)が、住民たちの相互交流を図ろうと主催したもので、仮設住宅で暮らす住民と同会のメンバーなど16人が参加しました。9時半に仮設の集会所のそばに集合した参加者たちは、用意されたマリーゴールドとサルビアの苗それぞれ150株を、仮設住宅の通りに置かれたプランターに手際よく植え込んでいきました。
 参加者たちは「家にいるより、身体を動かすほうが気分が良い」「花が好きなので、楽しかった」「きれいな花が咲くのが楽しみ」などと感想を話してくれました。
 復興みなさん会は、震災前より南三陸町内でまちづくり活動を行っていた住民と、震災後に宮城大学がコミュニティ支援を目的に南三陸町に派遣した「復興まちづくり推進員」をメンバーとした組織で、住民どうしの絆再生とコミュニティ再構築を支援する活動に取り組んでいます。
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